うつノート
2005年うつ病発症。7年間療養だけに励んできた。でもまだ寛解への道は遠い。それでも私は諦めない。   うつでも、気持ちは明るく、心は優しく、生きていきたい。
うつと躁と買い物依存



ご心配をおかけしています。

ちょっと今調子が悪いです。

いや悪いといっても、本当に激うつだった頃の私に比べればずっと楽なはずなのですが…

ただただ体が鉛のように動かなかった日々

死にたいとばかり思っていた毎日

あの頃に比べたら

まだ楽になったはず

できることも増えた

元気な日もある
お散歩に行けることもある

でもやっぱり沈んでしまう日がある

一筋縄にはいかないみたい



最近抑えていた反動で、またけっこうな衝動買いをしてしまった

毎日届く宅配便

悪いことをしていると思いつつ返品できない

そして買い物を止められない

お金を使っているという感覚がないわけじゃない

使っていることも悪いこともわかってる

でも何かの感覚がマヒしてる

どうしよう この病気

それも飢えからきているのだという

食べることをやめられないのと同じ

愛情の飢え

今、十分な愛情を受けているはずなのだけど
それでもなお、もっともっとと心は叫んでいる

子どもの頃に得らえなかった愛情を今取り戻そうとしてる



外出すると躁転する 行動しまくり買い物もする

だから外出前に躁を抑える頓服を出された

でも私は外出そのものを自ら制限した

しかし、今や外出しなくても欲しいものはなんでも手に入ってしまう世の中

恐い時代 普通の人には便利な世の中が私にとっては刃



外出をすると躁になるし、お金も使うし、反動もくるし

かといって家にこもっていても、やっぱりお金は使ってしまうし

ネットに依存しちゃうし

生活リズムは乱れるし

かれこれ4日間くらい眠れていない



リハビリのため

そう思って一時いろんなことを試してみた

何かのセミナーを予約したり、ランチに行く予定を立てたり、友達と会ったり

そして朝起きて、シャワーを浴びて、洗濯して、
普通の人が普通に家を出ていくように
私も家を出て、電車に乗る練習をした

でもそれが本当にリハビリになっていたのか自分でもよくわからない

自分が変わっていると思えないから

こんなことをしてお金をかけてみても(私は自己投資と考えていたが)
結局は無駄金なんじゃないかと

で、家にこもるようになってから、リズムがさらに悪化したというわけ

リハビリが効いていたのか、はたまた逆効果だったのか

わからない



今は何をしていいのかよくわからなくなりました

コントロールもできなくなりました

それが病気だから、とカウンセリングでは言われました

自分で起きられ、生活リズムを作れ、コントロールできるなら
それは病気じゃない

あなたはうつなんだから

うつがよくなれば色々な問題も解決していくはずだからと

コントロールできない病気

悲しい 空しい 情けない

でも仕方ない

私はこの運命で生きていくしかないのだから

少なくとももう死ぬことはしません

苦しくても生きる道を選びます

ただ今はちょっと迷い道に入ってうるようです

答えは自分の中にある

それを見つけるまで歩いていくしかないですね

今日はちょっと睡眠不足が続いていて支離滅裂な文章でごめんなさい

少し眠ります
生きづらさ
世の中はGW真っ只中ですね。

SNSなどで、お友達が今どこどこにいま〜すとか、どこどこに来ていま〜すなんて
楽しそうな近況報告を目にすると、ほほえましくもあり、ちょっと羨ましくもあり。

GWといえど、きんたはずっとお仕事です。

私は一人になりたくなくて、時間を潰そうと、コーヒーセミナーに出たり、
ランチに行ったり、写真セミナーに行ったりと、傍からみたら充実していると思われるような日々を
過ごしてきましたが、どこかで体と心の歯車が合っていない感じ。

何をしても満たされないし、体はだるいし、眠いしで、2日ほど出かけた以外は
ずっと布団にこもって眠っていました。

泥沼にはまったように眠いし重い。起きられない。

お天気が悪かった日はなおさら辛かった。

雨の重みがずっしり心に響くようで。

それでいて夜中になると目が覚めてしまい、過食に走る。

なんなんだこの体。

この一週間でお風呂に入れたのも2日くらいかなぁ。

寝ているか、お腹が空いて目が覚めて何か食べてまた寝るか。

深夜にパソコンに向かって、メールマガジンですら1通届いているとホッとしたりする。

私が生きていることを忘れられていないような。

メールマガジンでいいから、何か繋がれる何かと繋がっていたいと思う。

まあメルマガは私が生きていようといなかろうと届くのだけど…



空っぽの人生。生きていることの虚しさ。

それでもなお生きていくことを選ぶべき意志を持つ強さ。

私は強いわけではなく、意志があるわけでもないけれど、
死を選ぶ勇気もなくただ生きてきただけ。生きてるだけ。

こんな空っぽの人生に意味なんてあるのだろうか。

意味あるものなんて何も存在しないさときんたは言う。

多くの人は人生の意味なんて考えずに生きているのかもしれないね。

そんな答えのないものを。

あなたが生きている、それだけで意味がある、と言われたこともある。

でも、もし私がいなくなっても、世の中まわらなくなるわけじゃない。

そう思うと、やっぱり考えてしまう。

こんなに苦しんでまで生きることの意味って。

もちろん毎日が楽しくて充実していて生きがいがあって、そんな人生だったら
自分が生きる意味を見いだせるのだと思うけれど。

今の私は「生きる」ということが苦行以外の何物でもない。

毎日をやり過ごすことに精一杯。

これはうつだから? 病気だから? それとも性格?

自分の意志で始めたわけじゃない人生。自分の意思で終わりにすることもできない。

このつらいつらい道のりをあとどのくらい歩いていかなければならないのでしょう。

生きることが苦行ではなく幸せと思える日は来るのでしょうか。

生きづらさ。考えたら私は幼いころからずっと抱えてきた気がする。

それで人生の半分生きてきて、解放されるなんてあり得るの?

結婚している、仕事もしていない、子どももいない、うつを理解する家族もいる、
傍から見たら幸せなはずの私なのに、心をこう圧迫するものは何?

楽になりたいと思う。

死を選ぶという意味ではなく。この生きづらさから解放されたいと願う。

可能なことかはわからないけれど。





















満たされたい
P4261889.jpg

P4211580.jpg

P4251841.jpg

P4261907.jpg

P4261908.jpg

P4261923.jpg


桜が散った後には色々な花が咲き始めました。

八重桜、チューリップ、つつじ、はなみずき、たんぽぽ…

道端に、街路樹に、どちらかのお宅の外花壇にと、あちこちにお花があふれる時期ですので、
カメラ片手にお散歩を楽しむのも、つかの間の癒しの時間です。



そんな花開く季節とは裏腹に、今、私の体と心はとても不安定。

壊れそうで、壊れそうで、微かな糸で繋がってるだけ。

食べても食べても満腹感を感じられない。そして食べ続ける。

買っても買っても満足感は感じられない。そして散財し続ける。

愛されても愛されても幸せを感じられない。そして私はどこへ行く…

満たされない思い。

何に対しても。

夜になるとたまらなく寂しくなって、孤独感と空虚感でいっぱいになって、
満たされたい満たされたいと願う日々。

どんなに美味しいものを食べても満たされることはない。

どんなに欲しいものを買っても満たされることはない。

どんなに愛されても…

なぜ?

満腹中枢が壊れたねずみのように食べ続けて私は死ぬのでしょうか。

正確にいうと、食べ物が欲しいんじゃない。

食べることで心の空白を埋めたいだけ。

だからきっと欲しい欲しいと願って買ってる服やバッグも、
それそのもが欲しいのではなく、他の何かが欲しいんだ。

私は今、十分にパートナーから愛情を与えられている。

それはとても幸せなこと。

それでもなお願う。

心の空白を埋める何かが欲しいと。

それがなんなのか、今はまだわからない。

手探りで、いろいろやっていくなかで見つかるものかもしれない。

人に救われ、教えられるものかもしれない。

気づいたら、バケツの水が満ちたように、いつの間にか空白も埋まっているものかもしれない。

ただ言えることは、時間が必要。

時間がすべて解決してくれるわけではないけれど。最後は自分の力だけど。

今の私にはまだ時間が必要。

言われたことがある。

いつの日か、すべてが一本の道になって繋がっていくと。

そして言えることは、今までのすべての経験が無駄にはならないということを。

今の私の経験は、この先の私の人生に必要なものなんだろうか。

それにしてはつらすぎるけど。

他の人の人生と比べてフェアじゃないと思うこともあるけれど。

でも、いつか必ずあの時苦労して良かったと思えるような人生を歩みたい。

そうでなきゃ、苦しんで苦しんで苦しんできた私がかわいそう。

そのためのいばらの道ですか、今は。

怖いくらい寂しいし、孤独だし、耐えがたい思いに震えそうになるけれど。

私の心を満たすものは、きっと私自身でつかんだ何かでしかない。

それまでは耐えるしかない…のだろうか。

過食と散財は普通の人には理解できないんだろうな。

気持ちが悪くなって泣きながら食べても、食べることを止められなかったりとか。

買っては後悔し、買っては後悔し。

そういう病気もあるのです。

すべては心の穴。













巡っては消えないうつ思考
先日、古い本ですが、東野圭吾さんの『分身 (集英社文庫)』を読み終えました。

ふたりの登場人物が出生の秘密を探る旅という中で繰り広げられる現代医学のサスペンス。

現代科学への警鐘でもあるミステリー小説ですが、小説自体はとても読みやすく、
入りやすく、馴染みやすいものでありながら、東野ワールド全開、先が気になり、一気に読んでしまいました。

ふたりの人物が交互に登場するので、時間を置くと、最初は混同してしまったりもするのですが
まったく違うタイプのヒロインが、東京と北海道を舞台に旅をしながら繰り広げる世界は
こちらも緊張したりどきどきしながらすっかり惹きこまれ、長編小説が苦手な私でも、
すっかりはまってしまいました。

東野作品はテレビや映画で好きなものは多いものの、なかなか原作を読んでいないのですが、
こちらはとても面白いですし、集中力がないときでも、読みやすい本なのでおすすめです。

今は『1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉前編 (新潮文庫)』と『1Q84 BOOK1〈4月‐6月〉後編 (新潮文庫)』を
読み始めました。ずっと気になっていた本がようやく文庫化されたので。

こちらも二人の登場人物が交互に登場します。どうリンクしていくのか。とても楽しみです。

もともと昔から本を読むことはあまり得意ではなかった私は、うつになってからまったくといっていいほど
本から遠ざかっていたのですが、最近ぽつぽつと面白いと思える本にも出会えるようになりました。

文字を追うのに時間がかかるので、1冊の本を読み終えるのに、非常に時間がかかるのですが、
時には前にさかのぼって読み直さないといけないことも出てくるのですが、
時間をかけて読み終えた本というのは、なんとなく小さな達成感というものもあるものです。

特にこれらの本のように、二人の人物が交互に登場して、短編小説のように読めすすめられる小説は
電車の中や病院の待ち時間など、ちょっとした空き時間にもちょこちょこ読めるので、読みやすいものです。

ちなみに、村上春樹さんの本でいうと、数少ないエッセイ本ですが、友人にすすめられた
走ることについて語るときに僕の語ること (文春文庫)』。
これは、本当にできることなら一人でも多くの人に読んでほしいですね。

彼が自分のことを語っている本は少ないです。短いエッセイなので読みやすいです。

タイトル通り、村上春樹さんはマラソンやトライアスロンをされていて、
彼が走ることについて書かれた本ですが、実は人生の哲学みたいなものがあちこちに散りばめられています。

この本を読むと、自分もいつか走りたくなるし、走れなくとも、
人生の参考にしたい、座右の銘にしたい言葉がたくさん出てきます。

舞台もハワイだったりニューヨークだったりボストンだったり東京だったりと
私の好きなところがたくさん出てくるので面白いです。

あちこちに共鳴した言葉が出てきて、折り目をつけておいたのですが、
いつの間にかきんたが持っていって読んだきり、返してくれなくなりました(笑)

そして彼も走りたくなったようです。

これを読むと本当に走るって気持ちがいいことなんだろうなって思えます。

ハワイやニューヨークで走るなど、いつか憧れですね。



こんな私ですが、最近あまり調子はよくありません。

前回の桜の写真も、出かけたというより、病院の行き帰りに寄り道したものが多くです。

元気がたくさん出てきたわけでもありません。

一昨日は3回目のスタバのコーヒーセミナーに行ってきました。帰りにランチもしてきました。

こうして外出できる日もあるのですが、やっぱり寝込んでしまう日はあるし、
寂しさや空虚感に襲われたり、気持ちが落ち込むこともあります。

先日友人が私を勇気づけようとこんな言葉をくれました。
「私は治らない病気なんてないと思う」と。

私は自分に問いかけています。

私は治す気があるのだろうか、自分で治そうとしていないだけじゃないか。逃げているだけじゃないか。

生活や睡眠は不規則だし、好きなことはできるけれど、その後はダウンしてしまうし。

うつで長いこと休職、退職した友人が今月から再就職しました。

ずっと近くで過程をみてきただけに、嬉しい思いと複雑な思いが絡んでいます。

復職プログラムに参加したり、自分で電車で通勤訓練をされたり、努力をされていました。

私にはそんな根性もないし、とても今の自分にそんな力があると思えない。

でもどこかで前に踏み出さないと、永遠にこのままなんじゃないかという気もする。

カウンセリングではいつか仕事もできると思うけれど、まだ時期が早いと言われています。

私にはまだまだ乗り越えないといけないことが多くあるから。

カウンセリングの先生によれば、私は典型的なうつではないと。

以前の主治医もずっとそう言っていました。

心因性が強いと。特に幼少体験からの。

だから心の傷を乗り越え癒さないと、前に進むことは難しいのだと。

でも私は、好きなことだけをして生きている自分がとても卑怯に思えます。お金も使ってしまうし。

楽しいと思えるときは脳内ホルモンが出て、うつだけでなくどんな病気にも一番の薬、
だから今は楽しいと思えることをどんどんすればいいのよ、と言われました。

でも私にはどこか引っかかっている。このままでいいのかと。

楽しいことをしていても、どこかに罪悪感がある。

そしてその後に寝込んだときは、さらに落ち込む。悪循環。

結局何をしていても、私は自分を責め続け、満足できないんだ。

いい年して、遊んでいてばかりでいいの? 何もしないで寝ていてばかりでいいの?

こんな生活をずっとしていたら、いつまでたってもこのままなんじゃないの?

未来をネガティブに考えてしまうのはうつ思考だから。

わかってはいてもつらい。悲しい。寂しい。苦しい。
自分のマイナス思考が自分を苦しめる。行き場のない感情。

またぐるぐると闇を巡り始めた。
SAKURA2012
2012年、東京は3月31日に桜の開花宣言がされ、わずか10日ほどで散り始めました。
すでに、関東地方の桜は葉桜になりつつあります。

あちこちでカメラを持って、桜を追いかけて参りましたので、
今日は2012年の桜や花の写真集です。
ご興味のある方はどうぞご覧ください。


2012年4月5日 上野公園

SAKURA1.jpg

SAKURA2.jpg

SAKURA3.jpg

2012年4月5日 新宿御苑

SAKURA4.jpg

SAKURA5.jpg

SAKURA6.jpg

枝垂れ桜
SAKURA7.jpg

SAKURA8.jpg

SAKURA9.jpg

逆光で
SAKURA10.jpg

2012年4月7日 千葉県野田市清水公園

SAKURA11.jpg

SAKURA12.jpg

2012年4月11日 散り始めた家の近くの桜

SAKURA13.jpg

2012年4月11日 上野公園

池面に散りゆく桜の舞い
SAKURA15.jpg

川面を流るる花びらたち
SAKURA14.jpg

SAKURA16.jpg

タエザクラ
SAKURA17.jpg

夕暮れの枝垂桜
SAKURA18.jpg

2012年4月15日 川越市喜多院

SAKURA19.jpg

中院

SAKURA20.jpg

散りゆく桜

SAKURA21.jpg

桜の絨毯

SAKURA22.jpg

花は桜だけじゃない

P4151475_convert_20120416023152.jpg

P4111402_convert_20120416021311.jpg

TSUBAKI.jpg



花が好きで、桜が好きで、今年もカメラを持って桜を追いかけました。

わずか2週間ほどの命。

この日のために一年間、樹は幹は準備をしてきたのですね。儚い命…

でもこの儚さゆえに美しいのでしょう。

一年中咲いていたら、人は桜を眺めようともしないでしょうから。

花開き、散ってゆく。

ちょっと寂しいけれど、来年も桜はまた花を咲かせるから。

命は巡り巡ってゆくもの。

花びらは地に落ち川に流れ自然に帰る。

私たちも自然に身を任せて生きていくのがいいのでしょう。

天に向かって精一杯生きるから、花開かせるから美しい。

私も空に向かって、上を向いて、生きていこう。

いつか花開く時が来るように。









繋がり
前回の記事に対してもたくさんのメッセージやコメントありがとうございました。

いつもいつも書きっぱなしで、お礼が遅くなってすみません。

お返事はもう少々お待ちください。

応援してくださる方がいること、共感してくださる方がいること、とても幸せなことです。

同じような苦しみを経験してきたからこそ、分かち合えることってあると思います。

どんなに理解のあるパートナーや医者でさえ、
時に本当にこの苦しみがわかるのだろうか、と思うことがあります。

だって、同じ苦しみを経験したことはないのですから…

苦しみを分かち合えるお友達がいる私は幸せですね。

ここに来てくださる方はみんな一人じゃないですよ。

みな仲間です、同士です。

一緒に越えていきましょう。



最近の私は、人との繋がりの嬉しさ、有りがたさを実感しています。

ここでこうしてブログを通して皆さんと繋がっているように。

少しずつ実生活でも、周りとの繋がりが出てきました。

うつがつらかったときは、一切周囲との関わりを断ってきたので、というより関わりを持てなかったので、
私には友達と呼べる人が一人もいないと思ってました。

寂しかったけれど、友達がいる人が羨ましかったけれど、どうしようもなかった。

連絡も取れなかったし、約束だってできないし、会うことだってできないのだから。

そんな私に、少しずつ友達との繋がりができるきっかけになった一つは昨年の同窓会のこと。

生きるか死ぬかくらい大騒ぎをして、悩んで悩んで悩んで決意して参加した同窓会。

そこで旧友と会えたことが、参加できたこと自体がすごく自信になった。

受け入れてもらえたことも、嬉しかった。うつは一部の人にしか明かしてないけれど。

それが昨年の夏のこと。

それから少しずつ、旧友と会うようになった。

不思議なもので、繋がりが繋がりを呼ぶのか、人と人が繋がっていくと、さらにその先に繋がりができていく。

働いてた頃の後輩に会ったり、友達に会ったり、上司に会ったり、
高校時代の友達、大学時代の友達にも会うようになった。

そして複数で会うときにはまだできないけれど、
最近の私は、二人で会ったり、連絡を取り合う友人にはうつを打ち明けられるようにもなった。

うつが10年前に比べてメディアなどで取り上げられる機会が増えたとはいえ、
私の経験談を話すと、そんなふうになるんだ、とみなびっくりする。

まだまだ正確には認知されていないみたい。

私が会社から受けたことや、私のこの7年間のありのままを話してる。

どう思われるかとか、嫌われないかとか、そんなことは構わない。

離れていくならそれでもいい。

それより私は、世の中にこういう病気で苦しんでいる人がたくさんいるんだよ、
と一人でも多くの人にわかってほしい。

話をすると、他の人たちだって、みな色々な事情を抱えてる。自分自身に、家族に、仕事に…

それでも一生懸命生きている。

昨日会った友人が言った。

私は世間的に見たら不幸せな人かもしれないけれど、私が幸せって思ってるから幸せ。
負け犬の言い訳だけどね、と笑いながら。

強いなって、思った。

だからかのんだって幸せと思えば幸せなんだよ、幸せは自分が決めればいいんだよ、って。

全員障害者の中に普通の人が一人いたら、その人は普通じゃないでしょう?

病気が治らないなんて誰が決めたの?
未来のことは誰にもわからないでしょう?

普通なんてないんだよ、全員違っていいんだよ、みんな個性なんだから。

日本人は価値観が狭すぎる、そこから外れたら本人も周りも外れてるみたいな。でも道はいくらでもあると。

私は病気のことは何もわからないけれど、私の言葉で傷つくかもしれないけれど、私はそう思うよ、って。

一昨日、同じ病気の先輩に会った時は、そういう考えをできる人は病気にならなわよね、って話したけれど、
どちらも真実だと思う。

同じ病気の友達に会って気持ちをわかってもらえるのもホッとするし、
元気な友達に会って、ポジティブな考えに勇気をもらうこともある。
それには、私の心が少し元気な時でなければ、という前提はあるものの。

でも中途半端な同情よりはずっといい。
少なくとも私の周りにはそんな人はいない。
みな、自分のことのように、きちんと受け止めてくれる。

どちらにせよ、人と繋がって、勇気や元気をもらうことは確か。

そしてそういう繋がれる友達がいることに、とてもとても感謝している。

昔カウンセリングの先生が言っていたことがある。

私を救ってくれたのは友達と。

その頃の私には友達がいなかったから、私にはそんなことはないだろうなと思ってた。

でも今の私は友達にとても救われている。

決して多くの友達がいるわけではない。

でも大切な友達(と私が思っている人)は何人かいる。

そういう繋がりを今は大切にしたいと思う。

そしてその繋がりに感謝したいと思う。

ここでブログを始めたことで多くの人たちと繋がれたことは奇跡みたいなこと。

そんなミラクルが今起きている。

私と繋がってくれてありがとう。

友達でいてくれてありがとう。

大切にしたい、繋がり…

















ありがとう〜700ARCHIVES〜
こちらの記事がこの『うつノート』を始めて700投稿目の記事になります。

最近は月に3〜4回しか更新ができませんが、それでもこうしてここまで続けてこれたのは
ただただ支えてくださる皆さんのおかげです。

2005年3月休職、その年の8月から自分の記録をつけるために始めたブログ。

誰かに見てもらおうとか、共感してもらおうとか、最初はそんなこと少しも考えていなかった。

そんなこのブログを読んで、コメントをくださる方、
コメントはなくても陰ながら応援してくださる方がたくさんいた。

そういう方々に支えられて、ここまで続けてきた。

途中、2006年から2010年まで4年間ブログを休止した。

すべて削除するつもりだった。

でも休止前の52件のコメントを一つずつ目を通させていただいて、私はここを消せなくなった。

そしてそれがあったから、敢えて同じ場所で再開した。



世界中の誰もが目にできるネットという世界で、自分のうつ体験を公開していくことに
実は最近の私はちょっと戸惑いを感じているのも確か。

ネガティブな記事を書きにくくなっているのも確か。

でもどんな記事を書いても、共感してくださる方がいるし、ありがとうと言ってくださる方がいる。

誰かの役になっているなんて、そんな大そうなことは微塵も思っていない。

でもこのブログを読んで、自分だけじゃんないんだ、一人じゃないんだ、同じ気持ちの人がいるんだと
ちょっとでも勇気を持ってくださる方がいるとしたら、そんなに嬉しいことはない。

自己満足という人もいるかもしれない。自己満足でもいい。

否定的な感情をお持ちの方もいらっしゃるかもしれない。

それでも、ここに来て良かったと思ってくださる方が一人でもいる限り、力のある限り、
私はここを細々とでも続けていこうと思います。

昔のつたない記事に対して、いまだ検索エンジンで来てくださる方には正直申し訳ないのですが。

消してしまいたくなるような恥ずかしい記事は、今も昔もたくさん残っていますが。

これも未熟な私自身ですので。

どうか一緒に見守っていってくださったら幸いです。


今日はただただお礼をいいたくて。

長くなってしまいましたが、今までありがとうございました。

そしてこれからもよろしくお願いいたします。



2012年4月3日  かのん
                 













プロフィール

うつを発症してもう10年以上。 この病気もかのんも理解してくれるきんたと二人暮らし中。

かのん

  • Author:かのん

初めてうつで通院したのは27歳のとき。休職後、退職、転職して、乗り切りました。 転職後、新しい環境で、ようやくプライベートも仕事も落ち着き始めた2005年3月に再発。うつ病と診断されました。 休職期間満了後、一時復職するも3ヶ月で解雇を言い渡されました。 現在闘病生活6年目。 一進一退を繰り返しながら、時には泣いたり、時には夢を見たりして。 光を見失わず、のんびりゆったり生きていきたい。



Ranking

↓↓↓↓↓

人気ブログランキングへ

メンタルヘルスのランキングが見られます。ぽちっと押していただくと、私も元気になれます。



カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



RECENT ENTRIES



ARCHIVES



CATEGOROY



MY LINK



ブログ検索



RECOMMENDATION



フリーエリア



Ads



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



コメントありがとう



ブログ内検索



天気予報


-天気予報コム- -FC2-



FC2blog Ranking



Powered By FC2

Powered By FC2ブログ
ブログやるならFC2ブログ